เข้าสู่ระบบ「これはあなたにしか頼めないことです」一弥さんは、少し冷静な声で呟いた。「私にしか……?」夏希に向ける一弥さんの眼差しが少し鋭くなる。その雰囲気と、その条件という言葉に、私までなんだか少し緊張してしまい、不安になってくる。一弥さんは、一体夏希にどんな条件を……。「こちらの言う『専属』というのは、ただ現場で”ヘアメイク”をするという簡単なことだけではありません」「それは、どういう……」「どんな現場や仕事でも、常にあなたは杏華の相方としてそばにいて、彼女を守ってもらいたい」「杏華を守る…?」「そうです。杏華はこの業界で敵も多い。だが自分だけで立ち向かえるほどの力も強さもまだありません。なので、あなたには、どんなときも杏華を守りながら力を貸し続けてやってほしい。それは、あなたのすべての時間を、杏華のために『奪う』ということです──。……もし、その覚悟がなく、そこまで杏華の人生まで背負えないということでしたら。この話はすべて、なかったことにさせていただきます」それは思ってもみない条件で、私はただ呆然としてしまう。「あなたにそれだけの価値があるように、うちの杏華の価値も、俺と共に全力で守ってもらいたい。これがこちらの条件です」私を守ることが条件……?私にあなたは、そんなにすごい価値を感じてくれているの……?まさかそんなことを考えてくれてただなんて……。彼が夏希に伝えたすべての言葉は、彼がそれだけ私を大切してくれているように思えて、私は胸がいっぱいになる。「えっ? それが条件……? なんだー焦ったー! どんな条件かと思ったら、そんな嬉しいこと! 私でよければぜひ彼女の力にならせてください! っていうか、私も杏華といられたら、きっともっと自分自身もパワーアップ出来るので!」夏希はそれを聞いても戸惑うことも怯むこともなく、一弥さんに微笑みながら堂々とそう宣言してくれた。すると、その夏希を見て、フッと一弥さんの顔が緩み小さな笑みが零れる。「では、これからよろしくお願いします」一弥さんがそう言って、夏希に手を差し出す。「こちらこそ! よろしくお願いします!」夏希はその手を取り、二人は固い握手を交わす。まさかこんな展開になるなんて思ってなかった──。私の意見をちゃんと聞いてくれて、そしてこんなにスムーズにそれを受け入れてくれた。私
すると、ずっと厳しい表情をしていた一弥さんが、夏希の言葉を聞いた瞬間、ふとその表情が緩み柔らかい雰囲気に変わる。「──わかりました。あなたに杏華をお任せします」そう言って一弥さんは満足そうな表情を見せる。「え! ホントに!? 一弥さん!」「わー! ありがとうございます! やったね杏華!」「うん! 嬉しい!」私と夏希は喜びを分かち合う。「きっとあなたなら、杏華の隠れていた魅力も、元々持っている魅力も、最大限に輝かせてくれると期待しています。どうやら、あなたと杏華はよっぽど強い相性と絆で結ばれているみたいですからね」「はい! 任せてください! 必ず期待にお答えします!」「そこまで出会ったすぐに信頼を寄せ合える関係なんて、なかなかないと思います。杏華がここまでその意志を貫こうとするほどとは……。ある意味、あなたが羨ましいです──」そう呟いたかと思ったら、一弥さんはどこかしら少し切なげな目で、私を見つめる。その視線とその言葉に、思わず私も何も言えないまま、彼を見つめ返す。きっとこの瞬間、お互い感じてることや、思ってることは同じのような気がした。私と一弥さんとは、何年かかっても成し遂げられなかったことだから──。でも、今の一弥さんとなら、私たちは、ほんの少しずつでも信頼出来る関係になっていけるだろうか。たとえ、それは夫婦や家族ではない、ビジネスパートナーという関係だとしても──。そう思うと、やっぱり寂しくてチクリと胸が痛む。だけど、今の関係になっていなければ、今の彼を知ることも出来なかった。今は、それだけでも嬉しく思えるから──。「ありがとう。一弥さん」私は彼に穏やかに微笑みながら伝えた。「あぁ──。これからお前は、お前が信じるものを貫けばいい。俺も、お前を信じるから──」私の目をまっすぐ見つめ、伝えてくれた彼の力強いその言葉
「夏希……。私全然そんなこと知らなくて……。でも、素直に嬉しい……。夏希のそんな存在になれているなんて……」私という存在が、私がモデルとして届けているものが、誰かにとってこんなに大きな影響を与えている。夏希の人生を変えるほどのものを、私は届けることが出来ていたんだ……。「そうだよ杏華! だからあなたは私にとっても、私の人生を救ってくれた、とても大きな存在なの」「夏希……」私の目をしっかり見つめ、私と向き合いながら笑顔で力強く伝えてくれる夏希に、私はまた感動してしまう。お互いいろんな障害に耐えながら、乗り越えてきた今がある。だからこそ、お互い共鳴し合えて分かり合えるのかもしれない。「だから、そんな杏華が自信を失くして強くなりたいって言ってたことに、少し悲しくもあり、その力を貸すことが出来たことも、すごく嬉しかったの」「うん……。ホントに夏希がいてくれたおかげで、私はあんな強い自分になれた!」「嬉しい! 私が今度は杏華のそんな存在になれているなんて!」お互いそんな気持ちで繋がれていることが、”運命”のように感じる。彼女とのこの”運命”と”出会い”を、私はこの先も絶対失いたくない。この先に繋げたい。夏希と言葉を交わしていくたび、そんな気持ちがどんどん強くなっていく。もっと夏希に私を輝かせてもらいたい! もっと一緒にお互いを高めていきたい!その溢れてくる気持ちは、いつの間にか強い決意へと変わっていく──。「あの……一弥さん! お願いが、あるんだけど……!」私は一弥さんの方へ振り向き、声をかけた。「お願い──?」「夏希を、私の専属ヘアメイクにしてもらえることって出来ないかな──?」私は夏希からのその提案を、一弥さんに意を決して伝えた。「え! 杏華!」夏希は私が直接それをお願いしたことに驚く。もしかしたら夏希は、そこまで本気で考えていなかったかもしれない。
「素敵……」すると、夏希が静かに呟く。「なんて素敵な関係なの!」そして、なんだか興奮しながら夏希が叫ぶ。「えっ……」あまりの夏希の反応に、私はそのまま振り向く。すると、なぜか夏希まで目をうるうるさせて感動している様子が見える。「えっ、なんで夏希、そんな反応してるの──!?」その夏希の様子に、私は驚いて溢れている涙が収まり始める。「だって、まさか杏華に、こんなに心強くて頼もしい最強のパートナーの味方がいてくれるなんて!」「夏希……」夏希は私と一弥さんとの関係を、心から喜んでくれている。「どうして、あなたがそんな……」一弥さんも思わず夏希に声をかける。「いや、えっと、今日、私、杏華と運命的な出会いをして、彼女が自信のない自分から強くなった瞬間に立ち会わせてもらったんです」「運命的な出会い──?」一弥さんが夏希のその言葉に、眉をひそめ不思議そうに聞き返す。「今日の撮影で、私のヘアメイクさんだけ来れなくなっちゃって。たまたま現場にいた夏希にそのヘアメイクさんとして助けてもらって、私をピンチから救ってくれたの」私はすぐに横からそのときの状況を一弥さんに説明する。「私、そのとき、偶然彼女のヘアメイクとして協力させてもらったんですけど、正直私も救われたんです」「え……」夏希の言葉に私は思わず反応する。「杏華が、あなたを、救ったんですか──?」「はい。私、ヘアメイクとして、ここ最近ちょっと悩んでたんです」「悩んでた?」「はい。私、ずっと下積み時代が長くて、先輩とかにもボロクソ言われて、自信を失くしてたことがあったんです。でも、あるコンテストで、たまたま優勝しちゃって、そこから私の人生は少しずつ変わっていきました。周りの私の扱いや態度は当然変わっていって、今までとは仕事の環境も人生も正反対になりました。──だけど、それはどんどん自分がわからなくなるというか……、何をしたいのかわからなくなっちゃったんです……。自分がヘアメイクとしてやりたい仕事、やりたい相手との仕事が、どんどん出来なくなってしまいました──」一弥さんの問いかけに、打ち明けてくれた夏希の過去と気持ちを、私は一弥さんと共に初めて聞いて驚く。あの明るくて元気な夏希が、視線を落とし、どんどん声も沈んできて、夏希のそのときの感情が伝わってくるようだった。「今まで私に見向き
「あー! ごめん夏希! そういうつもりじゃ!」「いや! すまない!」私と一弥さんは、すぐに焦りながら答える。「いやいや全然いいんですけどね~。フフッ」そう言いながら、なぜか夏希がニヤニヤしている。「ところで~お二人は、すっごく親密な感じしますけど~。一体どういうご関係なのか聞いちゃったりしても大丈夫ですか?」夏希はニヤニヤしながらも、一応私たちに気を遣いながら声をかける。「えっと……」そう呟きながら、一弥さんの方を見る。「俺が話す」すると、私の様子を察して一弥さんが、私を見ながらそう答えた。「あっ、じゃあ……」私は一弥さんに、とりあえず任せることにした。「はじめまして。桐生一弥と言います。杏華の──、ビジネスパートナーです」“ビジネスパートナー”今の一弥さんとの関係は、その言葉でしかないのだけれど。さらっと、そう答えた言葉に、どこか寂しさを感じる。そんなふうに寂しく思ってしまうのは、きっと……。夏希がついさっき言った。その言葉のように、今の私たちが夏希にはそう見えてたということに、心のどこかで少し嬉しくなってしまっていたから……。だけど、私たちは”ビジネスパートナー”という関係なだけで”夫婦”じゃない──。今更、そんな当たり前のことに、悲しくなってしまう。私がこんな感情でモヤモヤしている中で、彼はそんなこと気にも留めてないのだろうと思うと、更に気持ちが落ちそうになる。「ビジネス……パートナーですか?」夏希は不思議そうに一弥さんに聞き返す。だけど、そのあと一弥さんが夏希にまさかの言葉で返したのだ──。「はい。彼女がトップモデルとして、彼女自身に誇りと自信を持ち、彼女が持つ魅力を誰より輝かせる人生を歩んで行けるように──。俺のすべての力でサポートしていくのが、ビジネスパートナーとしての自分の”使命”だと思っています──」一弥さんは、ブレることのない視線で、そんなまっすぐ力強い言葉と想いを、夏希に伝えた──。そんな想いを持っていたこと、そして夏希にそんな言葉を伝えてくれたことに、私は嬉しくて感動しすぎて言葉が出ない……。実際私がモデルを始めるとき、彼はそんなことは思っていなかったはず。それがいつの間に、そんなふうに思ってくれていたの……?ただ勢いで、彼の何かのプライドのようなものを逆なでして、仕方なく
なんともいえない光景だった。今日初めて出会った夏希と、離婚した元夫の一弥さん。そんな二人が、私の家のソファーに一緒に座っている。私はキッチンで彼のためのコーヒーを淹れながら、改めてこの状況とその光景を不思議に感じながら、見つめてしまう。「これ。すっごいおいしいですよ!」夏希は持ってきたタルトを、一弥さんに無邪気に勧めながら、夏希のペースで一弥さんにずっと話しかけている。そんな夏希に、一弥さんは愛想笑いをしながら応えはしてるものの、決して無愛想にしているわけではなかった。私はそれに少し驚いてしまう。正直明るいノリの夏希と、クールな一弥さんでは明らか雰囲気も違いすぎるし、何より一弥さんがそんな夏希を無視しないことが意外すぎて……。たとえそれが愛想笑いだとしても、ちゃんと夏希に応えている今の彼の姿を見て、私はホッとするのと同時に少し嬉しく感じてしまう。「お待たせしました」私はそんな一弥さんに、淹れたてのコーヒーを差し出した。「あぁ。わざわざ俺の分まで悪いな」そう言いながら、彼は私の淹れたコーヒーのカップを手に取り、ゆっくり顔を近づけ、コーヒーの香りをじっくり楽しんでいる。そのあと、一口飲んだあと、彼はふっと笑う。「やっぱり、ウマいな……」「え……?」「どうしてお前の淹れてくれたコーヒーは、こんなに香りも味わいで豊かなんだ──。他で飲んでもここまでウマいと感じられるものが滅多にない──」私の淹れたコーヒーを飲みながら、しんみりと呟く。「──ずっと、これが飲みたかったんだ」そして、そのコーヒーに視線をやりながら嬉しそうに微笑む。そんな彼に、私は驚いてしまい、思わず彼を見つめる。彼が、そんなふうに思っていたなんて……。彼の言葉を聞いて、私は胸がギュッと締め付けられる。一緒にいた頃、彼はただ黙って、私が出したコーヒーを飲んでいただけだった。それを”おいし
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに
【プロローグ】 初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」